自然が脳や身体、子どもの学習や成長にもたらす効果とは?:集中力・やる気・課題解決能力向上などの例
「うちの子は家でばかり遊んでいて大丈夫だろうか?」「外で自然に触れる方が学びが多いのではないだろうか?」「外で走り回っている方が、子どもたちの表情がイキイキとしているな」など気になったことがある人も多いのではないでしょうか。では自然と触れることで子どもたちにどのような影響があるのでしょうか?
「大辞泉」によると「自然」の定義は「山や川、草、木など、人間と人間の手の加わったものを除いた、この世のあらゆるもの。」とあります。
このブログでは特に山・林・森・芝生・校庭や川・海など、屋外環境としての自然に関する研究を取り上げます。近年の調査や研究によって、自然が脳や身体に影響を与えること、集中力や注意力を回復させたり、またうつ症状を低減させることなどが明らかになっています。自然が人間の脳や身体にもたらす効果について、調査や研究成果も交えながら紹介していきます。
もくじ
1: 自然の効果①:自然とのつながりで集中力・自制心が高まる
2: 自然の効果②:校庭緑化プロジェクトで積極性が高まり良い関係性が育まれる:カナダの研究事例
3: 自然の効果③:自然体験・自由遊びで好奇心・創造力と問題解決能力が高まる:米国の研究事例
4: 自然体験を生活に組み込む方法:まずはご近所探索から&日本の環境教育事例
1. 自然の効果①:自然とのつながりで集中力・自制心が高まる
まず初めに紹介するのは、自然環境に接することで脳の「注意機能」が高まることを明らかにした研究です。
2001年、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校のアンドレア・テイラー助教授、フランシス・クオ助教授、ウィリアム・サリバン助教授は「注意欠如に対処する:自然環境との驚くべきつながり (原題:COPING WITH ADD~The Surprising Connection to Green Play Settings)」論文を発表しました。
この論文で注意欠陥障害(ADD)の子どもに焦点を当てた研究を通して、子どもたちが余暇を通じて自然に触れる効果・脳の注意機能との関係が調査されました。また下記のような自然による「注意回復理論」がまとめられました。
● 緑地や自然へのアクセス、さらには「緑の環境を眺めること」でも、都市部の子どもたちの平常心・自制心・自己規律が高まった
● 注意欠陥症状がそれほど深刻でない場合であっても、自然との接触は、子どもたちの集団における注意機能をサポートする可能性がある
● また上記の効果は特に女の子で顕著であった
● 「注意回復理論」では、自然との接触が注意機能をサポートすることを示唆し、日常の自然との接触が、成人の注意機能にも関連していることが発見された
またテイラー助教授とクオ助教授は上記を発展させ、2004年にも「自然とのふれあいにより、特に5歳までの子どもたちのADDの症状が大幅に軽減される」という論文を発表しました。
上記と前後して、英国マンチェスター大学のエイドリアン・ウェルズ博士 (Adrian Wells, Ph.D) は2000年に『感情障害とメタ認知:革新的な認知療法 (原題:Emotional Disorders and Metacognition: Innovative Cognitive Therapy)』において「ほぼ毎日自然に触れている子どもは、集中力と認知能力が高まる傾向にある」と述べました。
週に2時間程度自然の中で過ごすことが、メンタルヘルスや免疫力を高めるという研究もあります。幼少期の子どもだけでなくデジタル疲れを感じる大人にとっても、定期的に自然に触れることが、集中力や穏やかさを回復する活動になるはずです。
いまや現代人が1日にスマホを見る回数は平均150回と言われています。GoogleやAppleも重要視するテクノロジーと上手に付き合う方法「デジタルウェルビーイング」については、詳しく下記リンク先から読めます:
2:自然の効果②:校庭緑化プロジェクトで積極性が高まり良い関係性が育まれる:カナダの研究事例
2つ目に紹介するのは自然体験が、子どもたちの身体活動や関係づくりにどのような影響を及ぼすかについての研究です。
2006年に発表された論文「デザインと積極性: 校庭デザインを通じて活動を促す (原題:Active by Design: Promoting Physical Activity through School Ground Greening)」は、カナダ・トロント州およびオンタリオ州の59の学校を巻き込んで行われた「校庭緑化プロジェクト」を通しての子どもたちの変化をまとめた研究論文です。
筆者のアンヌ・ベル氏(Anne Bell)とジャネット・ダイモント博士 (Dr. Janet E. Dyment)は「校庭緑化プロジェクト」の結果と提言を、下記のようにまとめました。
● 緑豊かな校庭は、従来の校庭よりも造園やデザインの多様性が高く、小学生の身体活動の量や質を高めた。
● 校庭緑化を通じて、学校の敷地は遊びのレパートリーを多様化し、あらゆる年齢・興味・能力の男の子と女の子がより身体を使って活動する機会を生み出した。
● 活発な遊びを刺激するために、学校の敷地は、十分なスペース・多様な遊びの機会、および自然の要素との相互作用を提供するように設計されるべきであることが明らかになった。
● 設計段階では、安全性・快適性・メンテナンスの問題も考慮する必要がある。
● 学校校庭の「文化」に関しては、規則・方針・管理が競争にならないような自由な遊び、そして庭や緑地の世話をする機会を許可すること。すると、子供たちはより活発になる。
またイェール大学のケラート名誉教授 (Stephen R. Kellert, Ph.D) は2005年に発表した論文「生命のための構築:人間と自然のつながりの設計と理解(原題:Building for Life: Designing and Understanding the Human-Nature Connection)」の中で、「子どもの創造性・問題解決および知的発達において、自然の中での遊びは特に重要だ」と述べました。
次の章でも述べられるポイントと重なりますが、自然は人間が手を入れていないものだからこそ複雑で自由であるため、自然環境が子どもたちの活発さやコミュニケーションを促すことになります。少し元気やエネルギーがないなというときに、緑に触れたり森林に行くのもいいかもしれませんね。
3: 自然の効果③:自然体験・自由遊びで好奇心・創造力と問題解決能力が高まる:米国の研究事例
最後に紹介するのは、子どもたちの遊びの変化と自然体験とを結びつけ、自然の中での遊びによって創造力や好奇心が高まることを実証した研究です。
2005年に米国ペンシルバニア州小児科医のヒラリー・ブルデット (Hillary L. Burdette, MD, MS) とロバート・ウィテカー(Robert C. Whitaker, MD, MPH)によって発表された論文「幼児の自由遊びを復活させる:フィットネスと肥満を超えて、注意・愛着・愛情に目を向ける (原題:Resurrecting Free Play in Young Children~Looking Beyond Fitness and Fatness to Attention, Affiliation, and Affect)」では、下記のように指摘されました。
● 1981年から1997年の間に、子供たちの自由な遊び時間は推定25%減少した。この変化は、子供たちが「構造化された活動」に費やす時間の増加によって引き起こされているようである。 「構造化された活動」とは、コンピュータを使用したり、競争要素の強いビデオゲームをプレイしたりすること
● また、1日に2時間未満テレビを見る就学前の子どもと比較して、2時間以上見る子どもは、外で遊ぶ時間が1日に平均30分少ない
● 遊びは、身体的、感情的、社会的、認知的など、子供の幸福のすべての側面を改善する可能性がある
● 就学前の子どもは、屋外で遊んでいる間が、最も高い身体活動レベルを保つ。屋外で遊んでいる間、子どもは問題解決と創造的思考を刺激する意思決定の機会に遭遇する可能性がある。理由として屋外は屋内よりも変化に富み「構造化されていない」ことが多いため
● さらに、通常、屋外では子どもの運動に対する制約が少なく、視覚的および運動や探索の範囲の制限も少なくなる。活動を規定または制限しないこれらの要因が一緒になって、好奇心と想像力を誘発する
● 遊びの中で発生する問題解決は、実行機能を促進する可能性がある
● 実行機能とは、注意力と、計画・整理・順序付け・意思決定などの他の認知機能を統合する高レベルのスキルである
上記を裏付けるように、米国研究協会(American Institutes for Research)が2005年に発表した研究によると「屋外の教室やその他の自然体験教育を活用する学校は、社会科・理科・言語芸術・数学における学生の大幅な学力向上がみられ、自然の中で行う理系プログラムの学生は、理科のテストスコアを27%向上させた」とのことです。
以上の研究などから、自然の中で遊ぶと視野そして運動範囲が広がること。その結果、好奇心と想像力、計画や問題解決・意思決定などの能力も高まることが明らかになっています。アイデアが煮詰まったときに外に出たり、哲学者が散歩したりすることが、理にかなっていることだともわかる研究でしたね。
好奇心を高める方法に関してはこちらの記事をご参考ください。
4: 自然体験を生活に組み込む方法:まずはご近所探索から&日本の環境教育事例
机やパソコン・スマホに向かっていると集中力や自制心が長く続かないように感じる時は「自然とのつながり・ふれあい」が足りない可能性があります。脳の注意機能が、自然環境による刺激を欲しているのかもしれません。
ぜひ「注意回復理論」を活用して、まずはご近所からでも自然の中の散歩や、緑の見える場所での作業などを試してみてください。金木犀が香りコスモスが咲き始めるなどの季節による変化に、五感を向けてもいいかもしれません。
また子育てをされている方は、学校でどんな「自然体験」が行われているのか、「青空教室」のように自然を感じながら授業することはあるのかなど気になったのではないでしょうか。日本では高度経済成長を背景とした公害病の進行の反省に立って環境教育が展開され、現在は「総合的な学習の時間」の授業で学校それぞれの環境教育カリキュラムが進められていることもあります。「校庭緑化プロジェクト」のような活動はあるのか、お子さんとどんな自然体験や屋外体験が行われているかなど、話し合ってみてもいいですね。
2014年の中教審(中央教育審議会)におけるスポーツ・青少年分科会の有識者ヒアリングでは、信州大学教育学部の平野吉直教授より「自然が豊かな地域に住んでいる子どもでも、都市部の子どもと同じくらい自然体験が希薄」、自然体験・生活体験の減少にともない「テレビ・テレビゲームに多くの時間を費やしている」「地域社会との関わりやボランティア活動などの実践が希薄」という共有・提言がなされました。自然体験の重要性や促進が議論になってきてもいます。
文部科学省委託事業として「子供たちの心身の健全な発達のための子供の自然体験活動推進事業」が公募され、毎年全国で様々な自然体験活動が行われてもいます。下記リンク先から各地域ごとの活動の紹介・募集も見られますのでよろしければ活用ください。
https://www.mext.go.jp/a_menu/sports/ikusei/mext_00935.html
皆さんが自然の効果を実感し、自然に触れて楽しく気持ちよくリフレッシュやリチャージするきっかけとなればと思います。
◆参考リソース:
・Benefits of connecting children with nature infosheet – North American Association for Environmental Education (英語)
https://naturalstart.org/sites/default/files/benefits_of_connecting_children_with_nature_infosheet.pdf
・週に2時間以上を自然の中で過ごすこと 体に良いとの調査結果 - Forbes
https://forbesjapan.com/articles/detail/28490/1/1/1
・中央教育審議会 スポーツ・青少年分科会(第33回) 平野委員資料
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo5/gijiroku/__icsFiles/afieldfile/2014/05/27/1265683_001.pdf
・体験活動の教育的意義 – 文部科学省
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/04121502/055/003.htm