中学生に適したスポーツ指導とは? ~Long Term Athlete Development Model(LTAD)の活用方法を考える~

中学生のスポーツは、部活、クラブスポーツなどスポーツ参加の形態が様々です。

中学校で初めてスポーツを始める子もいれば、小学生で既にやっている経験者の子もいたりと、部活内でもレベルがバラバラなこともあって、チーム運営は簡単ではありません。

このようなチーム状況で以前のブログで紹介したLong Term Athlete Development(LTAD)モデルを使うのは簡単ではありません。

そこで、今回は想定されるチーム状況に対してLTADモデルを使った例を紹介していきます。今回ご紹介する例の中から自身のチームの近い例を参考にして、応用する方法を見つけてみて下さい。

LTADモデルの内容などについて詳しく書かれた以前のブログはこちらです:

中学生に適したスポーツ指導とは? ~Long Term Athlete Development Model(LTAD)の活用方法を考える~
中学生に適したスポーツ指導とは? ~Long Term Athlete Development Model(LTAD)の活用方法を考える~
もくじ 1: LTADモデルを使う前にスポーツ指導者にやって欲しい事 2: LTADの判断は、競技レベルに応じて判断する方がいい 3: 部活指導にも応用可能:中.....

もくじ
1: LTADモデルを使う前にスポーツ指導者にやって欲しい事
2: LTADの判断は、競技レベルに応じて判断する方がいい
3: 部活指導にも応用可能:中学生に該当するLTADモデルの内容
 ケース1:経験者が大半のチーム・クラブ
 ケース2:ほとんど初心者のチーム・クラブ
 ケース3:経験者と初心者が半々のチーム・クラブ
4: まとめ

1. LTADモデルを使う前にスポーツ指導者にやって欲しい事

まず、自身のチームにLTADモデルを当てはめる前に、次の質問に答えてみて下さい。

・あなたの選手が次のカテゴリーに進んだ時に、どんな事ができるようになっていて欲しいですか?
・あなたのチームにいる間に、選手にどんなことを身につけて欲しいですか?

これらの質問を通して、選手がどのように育って欲しいかを明確にしていきます。チーム状況によっては、より競技の専門スキルを磨いて次のカテゴリーへ進むことを目指すヴィジョンもあれば、上のカテゴリーで専門的なスキルを身につけるために必要な土台を作ることを目指すヴィジョンもあるでしょう。

このような選手育成の方針(ヴィジョン)が明確になると、その後のやるべき事が選べるようになります。

表1:LTADモデル

発達段階名称年齢段階(ステージ)の特徴・対応
Active
Start
0-6歳・基本的な体の動かし方やスポーツをする楽しさを習慣化させていく
・基本的な動きを幅広く行う:歩く、跳ねる、蹴る、投げる、等
FUNdamental男子6-9歳, 
女子6-8歳
・運動を楽しむことを重要視しつつ、より多様な動きを発達させていく
・より高度な動きを練習する:走る、跳ぶ、サイドステップ、オーバーヘッドスロー、ボールキャッチ、ボールキック、等
Learning to Train男子9-12歳,
 女子8-11歳
・プレーしているスポーツのスキルを発達させるのに一番効率が良い時期
・プレーしているスポーツにおける基本的スキルの練習をスタート
Training to Train男子12-18歳, 女子11-15歳・特化するスポーツを2つくらいに絞り込み、それぞれのスポーツスキルの専門性を高めていく
・一年を通してシーズンの異なる2つのスポーツをして、それぞれのスポーツの専門性を高めつつある程度身につけられるスキルに幅を持たせる
Trainin
to Compete
男子18-23歳, 女子15-21歳・1つのスポーツに絞り込んでより専門性を高める
・フィジカル、スキルに加えて、試合のプレッシャーに対処するためのメンタル面についても本格的に取り組む。身体的・心理的リカバリー、そして長期的な目標設定をしてスキルを上達させていく
Training to Win男子18歳以上, 女子19歳以上・競技レベルが国の代表レベルといった高いパフォーマンスレベルに含まれた時に対象となる・スポーツによりポジションに特化したスキルを身につけるなど、競技で勝つために必要なスキルを磨いていく

2. LTADの判断は、競技レベルに応じて判断する方がいい

LTADモデルは幼少期から発達していく事を前提にしています。そのため、幼少期からスタートしている子どもが中学生くらいになると、体や運動能力の基礎が出来上がっている前提となります。

しかし、中学生の初心者だからといって、いきなりスポーツのスキル練習が上手くいくとは限りません。場合によっては、運動の基礎を多く取り入れた方がいい場合も考えられます。

心理的側面から考えても、スポーツの楽しさが根底にある方が上のカテゴリーに進んだ際にもスポーツを長く続けやすくなります。

日本の中学スポーツの場合は、競技レベルがさまざまな子どもたちが1つのチームにいるチームが多いです。そこで、想定できるチーム状況を取り上げてそれらに合わせたLTADの応用例を紹介していきます。

3. 部活指導にも応用可能:中学生に該当するLTADモデルの内容 

中学生に該当するLTADモデルの内容はLearning to Train(プレーしているスポーツのスキルを発達させるのに一番効率が良い時期)、もしくはTraining to Train(プレーしているスポーツの専門的なスキルの練習を開始する時期)になります。

スキルの発達については、以前のブログの内容を参考にしてみて下さい。

心理面においては、基本的な心理的スキルトレーニングをスタート出来るステージです。例えば、イメージトレーニング、リラクセーション、目標設定、セルフトークといった、具体的なメンタルトレーニング、コミュニケーションスキルが該当します。

これらのスキルを練習中に活用することで効率よくスポーツのスキルを身につけることが出来ます。

スポーツ心理学でのメンタルスキルに関して興味がある方はこちらのブログをご覧ください:

中学生に適したスポーツ指導とは? ~Long Term Athlete Development Model(LTAD)の活用方法を考える~
中学生に適したスポーツ指導とは? ~Long Term Athlete Development Model(LTAD)の活用方法を考える~
もくじ 1: LTADモデルを使う前にスポーツ指導者にやって欲しい事 2: LTADの判断は、競技レベルに応じて判断する方がいい 3: 部活指導にも応用可能:中.....

そして、意外と見落とされがちなのが「計画的な休息」の必要性です。スポーツスキルが発達しやすい年代だからといっても、練習をし過ぎてしまうとケガや燃え尽き症候群のリスクが増してしまいます。

疲労のチェック方法は、主観でセルフチェックシートを定期的につけることで測定することが出来ます。測定する項目としては、睡眠、身体的疲労度、心理的疲労度、自己肯定感、ケガの度合いなどが挙げられます。

他の心理的側面としては、スポーツに対する楽しさに加えて楽しさや上手くいかない困難から学ぶ姿勢を養うことも大切になります。更には、他者や自分を尊重する倫理観もスポーツを通して学ぶことも大切になってきます。

子どもがどれだけ説明できるかはスキルの理解度を確認する作業にもなります。

そこで、保護者がすべきこととしては、保護者が気づいたことを教えるよりも子どもがその日の練習で学んだことを説明してもらう機会を作ることが効果的です。兄弟に教えることも同様に効果的です。

「子どもは教わるよりも教えることで成長する」ことを念頭に入れ、プレーヤーである子ども自身が教える環境を作ってあげることは保護者だからこそできる重要な役割です。

これらの特徴が基本となりますが、選手の発達度に合わせてLTADのステージを前後させることも忘れてはいけません。

スキルを磨いて成長するための効果的な練習方法に関しては知りたい方はこちらの記事をご覧ください:

中学生に適したスポーツ指導とは? ~Long Term Athlete Development Model(LTAD)の活用方法を考える~
中学生に適したスポーツ指導とは? ~Long Term Athlete Development Model(LTAD)の活用方法を考える~
もくじ 1: LTADモデルを使う前にスポーツ指導者にやって欲しい事 2: LTADの判断は、競技レベルに応じて判断する方がいい 3: 部活指導にも応用可能:中.....
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ケース1:経験者が大半のチーム・クラブ

経験者が多数を占めるチームは、小学生の頃から日常的に運動をしていた子どもが多く、専門的なスキルの練習が出来るフィジカルとスキルの土台が出来上がっていると考えられます。

そのため、LTADモデルの3つ目のステージ(Learning to train)からスタートするのがいいでしょう。それに加えて、基本的な運動能力の測定をしたり基本的なスポーツスキルの熟達度合いを測定して、どの程度の運動能力やスキルか判断した上で決定すると、より確実です。

もし選手の熟達度が高ければ、そのスポーツのスキルを幅広く練習することで上のカテゴリーに進んで専門的なスキルを練習する際の基礎となる土台を築くことが出来ます。

例えば、経験者がほとんどの卓球部の場合であれば、多くの選手が基本のフォアハンドとバックハンドが身についていて、ボールに回転をかける感覚が身についてると考えられます。

このような基本的なスキルが身についていれば、新しいサービスや連続した強打の練習など難易度の高いスキル練習も可能です。

ケース2:ほとんど初心者のチーム・クラブ

もし、ほとんどが初心者の中学卓球部であれば、まずはラケットでボールを打つ感覚やボールに回転をかける練習を楽しいドリルでやってみるのがいいかもしれません。

他にも、基本的なフットワークなどで卓球するための動きを覚えたり体を作ったりするのも大切です。基本練習は大切ではある一方で、性質上少し退屈を感じやすい練習もあります。

この時に、出来るだけ楽しさを感じられる練習を多く盛り込むことが大切です。この時期に楽しさを感じられれば、上のカテゴリーに上がった時にも卓球を続けやすくなります。

ケース3:経験者と初心者が半々のチーム・クラブ

このタイプのチームが恐らく一番多く、同時にチーム運営が一番難しいパターンかもしれません。

経験者に合わせると初心者にとっては難しすぎてしまいますし、初心者に合わせすぎると経験者が退屈してしまいます。

そこで、最初のうちは初心者と経験者を分けてそれぞれに適した内容の練習をするのが望ましいです。

一方で、経験者と初心者が半々くらいであるとしたら、その環境の良さを活かすこともできます。具体的には、経験者は教えることを通してスキルに対する理解を深め、初心者は経験者のプレーをお手本にすることです。

そこで、週の中で経験者が初心者に教える日を作ったり、初心者は経験者のプレーを真似する練習日を設けたりすることで、お互いの立場を活かした効率の良い練習をすることが出来ます。

経験者が初心者に教える日は、経験者は初心者に知識やアドバイスを伝える同時に、そのアウトプットを通して経験者自身がどんなことを学んだかを整理することも行います。こうすることで、初心者は上達に必要なヒントを得られ、経験者はアウトプットを通して学ぶことが出来ます。

初心者が経験者のプレーを見て学ぶ練習では、経験者は自分の練習に集中することができます。初心者は経験者が練習している様子をじっくり観察して、モデルとなる選手の動きを真似て学んでいきます。時折、真似たプレーを実際に練習する時間を作るのも効果的です。

ロールモデルの行動から学ぶモデリングの理論について詳しく知りたい方はこちらの記事をご覧ください:

中学生に適したスポーツ指導とは? ~Long Term Athlete Development Model(LTAD)の活用方法を考える~
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もくじ 1: LTADモデルを使う前にスポーツ指導者にやって欲しい事 2: LTADの判断は、競技レベルに応じて判断する方がいい 3: 部活指導にも応用可能:中.....

保護者、兄弟、周りの人ができること

いずれのケースにも該当する保護者や周りができることは、プレーしている子どもから教わる姿勢を持つことです。

練習から戻ってきた子どもから「今日はどんな練習をしたの?」「どんなことが上達したの?」と子どもがその日の練習で学んだことをアウトプットできる機会を作りましょう。

他にも、「今やっているスポーツのどんなことが好き?」といったようなスポーツの楽しさに気づけるきっかけを作ることも周りの人ができることです。

繰り返しになりますが、教えるよりも子どもが自ら学ぶことを促すようなサポートをしていくことが重要です。

4. まとめ

今回は、中学生の部活動を想定してLTADモデルを使った例を紹介していきました。

日本の中学部活動は、経験者が多い部もあり、初心者がほとんどの部もあり、経験者と初心者が半々くらいの部もあります。

いずれの部もそれぞれが特徴であり、良し悪しを図るものではありません。それぞれの環境に良さがあり課題もあります。

大事なのは特徴に応じて、適したLTADの内容を活用することです。

特に、初心者に対して教えること、初心者が経験者を真似ることは、それぞれにとってメリットの多い練習になります。

今回の内容が少しでも指導するチームに適した方法を見つけるヒントになれば幸いです。

参考文献

Mariani, A. M., Marcolongo, F., Melchiori, F. M., & Cassese, F. P. (2019). Mental skill training to enhance sport motivation in adolescents. Journal of Physical Education and Sport, 19, 1908-1913.Balyi, I., Way, R., & Higgs, C. (2013). Long-term athlete development. Human Kinetics.

Danish, S., Forneris, T., Hodge, K., & Heke, I. (2004). Enhancing youth development through sport. World leisure journal, 46(3), 38-49.

Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2020). Intrinsic and extrinsic motivation from a self-determination theory perspective: Definitions, theory, practices, and future directions. Contemporary Educational Psychology, 61, 101860.

早川 琢也

2007年東海大学理学部情報数理学科卒、2009年東海大学体育学研究科体育学専攻修了。東海大学大学院では実力発揮と競技力向上の為の応用スポーツ心理学を学ぶ。 2014年8月よりテネシー大学運動学専攻スポーツ心理学・運動学習プログラムに在籍。スポーツ心理学に加え、運動学習、質的研究法、カウンセリング心理学、怪我に対するスポーツ心理学など幅広い分野について学ぶ傍ら、同プログラムに所属する教員・学生達のメンタルトレーニングを選手・指導者へ指導する様子を見学し議論に参加する。 2016年8月より同大学教育心理学・カウンセリング学科の学習環境・教育学習プログラムにて博士課程を開始。スポーツスキルを効率良く上達させる練習方法、選手の自主性を育む練習・指導環境のデザインについて研究。2020年11月に博士号(Ph.D.)を取得。現在は、慶應義塾大学兼任研究員として選手の主体性を育める練習環境をテーマに研究を進める一方、NPO法人Compassionのメンバーとしてスポーツ心理学、運動学習、教育心理学などの学術的な理論や研究内容を応用して、子どもが未来に対して希望を持てる心のサポート活動も積極的に行なっている。