ポジティブ心理学とは?:個人にも応用できる幸福感・ウェルビーイングの理論と研究
幸福学・ウェルビーイング研究の第一人者である慶応義塾大学の前野隆司教授は、著書『実践 ポジティブ心理学 幸せのサイエンス』で「不安を感じやすい日本人にこそ必要な心理学」としてポジティブ心理学を勧めています。
また前野教授は「ポジティブ心理学では、心の病にはなっていなくても、 そうならないように気をつけたり、 (中略) 心が普通の状態にある人が、今よりももっといい状態になって幸せになることのできる学問なのです。」とポジティブ心理学を定義しています。
このブログでは、ポジティブ心理学の基礎理論・応用理論を紐解きながら、日常でも活用できるように紹介していきます。
日本人がなぜ不安を感じやすいのかというと、遺伝子に原因があります。下記ブログもぜひ読んでみてください。
もくじ
1: ポジティブ心理学とは?
2: ポジティブ心理学の基礎理論:3つの幸せな生活と幸福の5つの要素
3: ポジティブ心理学の応用理論:ハピネス・アドバンテージ(幸福優位性)とABC理論
4: おわりに:ポジティブ心理学の現在~政策・教育・仕事における活用
1. ポジティブ心理学とは?
ポジティブ心理学は「何が人生を最も価値あるものにするか」について、科学的に研究する学問で、個人と組織・社会の両方の幸福に焦点を当てています。またこの研究分野においては「人々は有意義で充実した人生を送り、自分自身が描く最高のものを実現し、愛・仕事・遊びの経験を向上させたいものである」という信念に基づいています。
また科学的でエビデンスを活用する研究であることを重要視し、幸福やウェルビーイングを「PERMA」という尺度で測り、測定を研究に活用していくことにも特徴があります。PERMAについては2章で詳しく紹介します。
1-1. ポジティブ心理学の祖 マーティン・セリグマン博士
ペンシルバニア大学 (University of Pennsylvania) のマーティン・セリグマン博士 (Dr. Martin Seligman) は、1998年のアメリカ心理学会の会長就任時、任期テーマとして「ポジティブ心理学」を採択しました。これにより、ポジティブ心理学が心理学の新しい領域として始まったとされています。
セリグマン博士は、それまでの心理学が特に精神疾患に焦点を当てる傾向があり、不適応な行動と否定的な考え方を強調するとして、ポジティブ心理学では幸福・ウェルビーイング・肯定的な考えを強調することを提唱しました。
その背景には、1960年代に 5段階欲求理論で知られるアブラハム・マズローが提唱した「人間性心理学」や自己実現理論、1970年代に広まった臨床心理学者カール・ロジャーズの「クライエント中心療法」などの流れがあります。またそれらの基礎となった「人間には、自己実現する力が自然に備わっており、成長と可能性の実現を行うのは、人間そのものの性質・本能である」とする考え方が広まったことがあるとされています。
セリグマン博士は学習性無力感 (Learned Helplessness)の理論を築いたことでも有名です。下記のブログで詳しく読めます。
2:ポジティブ心理学の基礎理論:3つの幸せな生活と幸福の5つの要素
2-1. Pleasant, Good, Meaningful:3つの幸せな生活
2002年の著書『Authentic Happiness:ポジティブ心理学が教えてくれる「ほんものの幸せ」の見つけ方 ─とっておきの強みを生かす』で、セリグマン博士は調査・測定可能な3種類の「幸せな生活」を定義し研究しました。
1. 楽しみのある生活:Pleasant Life
「楽しみのある生活」の研究では、人々が日々の健康的な生活の中でポジティブな感情をどのように経験し味わうかなどについて調査されました。人間関係や趣味、個人的な興味・娯楽などがポジティブな感情に影響を与えることについてもみていきました。
2. 良い生活:Good Life
「良い生活」の研究では、個人の仕事と幸福の関係について調査されました。個人の強みと現在のタスク・仕事との間に一致がある場合・タスクを達成する自信がある場合に経験される達成感・没頭感と幸福感との相関を研究しました。
3. 有意義な生活:Meaningful Life
「有意義な生活」の研究は「所属の生活」の研究とも呼ばれ、その調査は、個人が自分自身よりも大きく永続的なものに参加し貢献することで、幸福・所属・意味・目的のポジティブな感覚をどのように導き出すかについて行われました。たとえば自然や社会集団・組織・運動、伝統や信念体系(文化)なども、幸福と相関がある研究対象とされました。
2-2. PERMA:幸福の5つの要素
2011年の著書『Flourish:ポジティブ心理学の挑戦 “幸福”から“持続的幸福”へ』の中でセリグマン博士は、ウェルビーイングに基いた「幸福」には下記5つの要素(PERMA)があると書きました。
Positive Feeling:主観的に測られる「前向きな感情」
Engagement:フロー状態に入るなど「活動を通してイキイキすること・没頭すること」
Relationship:友人・家族など親密または社会性のある「人間関係」
Meaning:自分の存在を超えた大きなものに所属する・貢献するなどの「生きる意味」
Achievement:前向きな感情や意味、人間関係と関係なくても成し遂げられる「達成」。達成感が重要であり、必ずしも社会的成功が伴わなくてもよい
2-3. PERMA-Profiler 心理検査でウェルビーイングを測定する
またPERMAモデルに基づき、ペンシルバニア大学のバトラー博士とカーン博士がこれらの概念を測定できる測度(心理検査)である「PERMA-Profiler」を開発しました(Butler & Kern, 2015)。心理検査は23項目で構成されており、PERMAの5領域と、全体のウェルビーイングを測定するOverall領域、N(Negative emotion:ネガティブ感情)・H(Health:身体的健康)・L(Lonely:孤独感)の9領域について、10段階で測定できます。
PERMA-Profilerによる測定とそのスコアの解釈に関して、カーン博士(Margaret L. Kern Ph.D.)は「自己洞察を提供するのに役立つもの」と述べています。スコアを観ることで、スコアが高い領域・低い領域は何なのかを確認することや、自分の価値観となりたい姿について考えスコアと照らし合わせてみるという使い方を提案しています。
また3万人以上にPERMA-Profilerを導入・調査してきた中で、ウェルビーイング測度には偏りがありスコアの平均は5ではなく「6.5-7.9」とのこと。またスコア5以下の低い場合にメンタルヘルス等のケアに配慮することはもちろん、9以上で高すぎると過剰適応している場合があったりするので、この際も配慮が必要になることがあるそうです。
下記リンク先で、PERMA Profilerが受検可能です。
PERMA Profiler 日本語版 - 金沢工業大学 心理科学研究所
https://wwwr.kanazawa-it.ac.jp/wwwr/lab/lps/perma_profiler/perma_profiler.html
PERMA Profiler (英語) – The Wellbeing Lab
https://permahsurvey.com/
3: ポジティブ心理学の応用理論:ハピネス・アドバンテージ(幸福優位性)とABC理論
ポジティブ心理学では「幸福・ウェルビーイング・肯定的な考えを強調する」と先に述べました。研究が進められる中で、日常に活用できる様々な応用理論が発見・展開されました。この章では、今日から使える応用理論を2つみていき、またそれを活用する方法についても紹介します。
3-1. ハピネス・アドバンテージ(幸福優位性)理論と「脳がポジティブになる訓練」
ハーバード大学で最も評価の高いポジティブ心理学講座を担当するショーン・エイカー博士(Dr. Shawn Achor) は、著書『幸福優位7つの法則』で、「一生懸命がんばれば成功できる。成功すれば幸せになれる」という論考への反証として「ハピネス・アドバンテージ理論」を提唱しました。
エイカー博士が10年以上の脳科学・心理学の臨床研究を踏まえて発表したこの理論は、「幸せは成功に先行し、幸せな人が成功する」というものです。博士は2011年のTED Talkで、「ポジティブな脳は、ネガティブな脳やストレス下の脳よりもずっと良く機能する。 知能が上がり、創造性が高まり、活力が増大する。実際に、あらゆる仕事上の結果が改善されることがわかった」と発表しました。また具体例として博士は下記3つを挙げています。
● ポジティブな状態の脳はネガティブな状態の脳より31%生産性が高かった
● ポジティブなセールスマンはネガティブなセールスマンより37%販売成績が良かった
● 診断を下す前にポジティブな気分になった医師は、19%短い時間で正確な診断をすることができた
そして博士は「脳がよりポジティブになる訓練」として、
毎日寝る前の2分半で「今日1日でありがたく思うこと」を3つ書くことを21日続ける
ことを提案しています。博士によると、そうすることで脳の回路を書き換え、世の中のネガティブなものではなくポジティブなものをまず見つけようとするパターンが身につき、より楽観的でより成功するように脳が働くようになるとのことです。
3-2. ABC理論(ABCDE理論):自問自答を通して自分の思い込みを変える
ABCDE理論は、米国の臨床心理学者 アルバート・エリス博士(Dr. Albert Ellis)が開発した心理療法で、理性感情行動療法(REBT: Rational emotive behavior therapy)とも呼ばれます。ある出来事に対する非合理な信念(Irrational belief)を合理的な信念(Rational belief) へ変えることを目的として開発され、思い込みを変える目的だけでなく、他人からの批判に対処する場合でも使えます。
Adversity:困った状況・出来事
Belief:思い込み・信念・固定観念
Consequence:結果
Disputation:反論
Energization / Effective New Belief:元気づけ、効果的な信念や人生哲学
出来事に対して持つ解釈や感情は人によって違います。
B(思い込み)にはA(出来事)に対して「どのように自分が解釈したのか」を書きます。C(結果)にはA(出来事)によって「どのような感情に陥ったのか」や「引き起こされたこと」について書きます。
D(反論)ではB(思い込み)に対して「客観的な反論」をします。また正しく反論するには、一旦時間的や心理的な距離をおくことや証拠をもって反論すること、思い込みの根拠は何かを考えること、原因を1つと捉えず他に原因がないか考えてみることなどがポイントです。
E(元気づけ)では、A~Dで書き上げたことをながめて自分にどんな言葉をかけるか、何ができるかを書いていきます。
期末テストが返却された時のことを例に挙げてみます。
Adversity:困った状況・出来事 「物理テストの成績が65点だった」
Belief:思い込み・信念・固定観念 「成績が悪かったので、私はバカだ」
Consequence:結果 「落ち込んで勉強に対してやる気がわかない」
Disputation:反論 「勉強不足だった」「物理は不得意だが他の教科は得意だ」「成績が良かった皆は1週間前から対策の勉強をしていた」
Energization / Effective New Belief:元気づけ 「バカというより勉強不足なだけ」「得意な教科の勉強の仕方を確認して、それを物理にもできるかどうか考えてみよう」「次回のテストでは2週間前から対策の勉強を始めよう」
このとき反論では”勉強不足”のような「一時的」な原因、”物理は不得意”のような「特定的」な原因、”他の人はより多く勉強していた”のような「自分の責任でない」原因を考えると良いとされています。悲観主義者ほど悪い出来事の原因を「永続的、普遍的、個人的」に考える傾向にあるため、その逆の楽観的な考えを活用しています。
何かを悪い方向に考えすぎてしまう場合や同じことをぐるぐる考えている場合などに、書き出してみるのもいいかも知れません。
ABCDE理論に関連して、「成長を支えるための自分を思いやる力」であるセルフ・コンパッションについて下記のブログで詳しく読めます。
ここでは紹介しませんでしたが、ミハイ・チクセントミハイ博士の「フロー理論」や「レジリエンス研究」などもポジティブ心理学における重要な理論・研究です。興味のある方は別途調べてみてください。
4: おわりに:ポジティブ心理学の現在~政策・教育・仕事における活用
マーティン・セリグマン博士は2011年7月に英国のデービッド・キャメロン首相に、国家の繁栄を評価する方法として、幸福と経済的富を調査するように勧めました。現在イギリスとオーストラリアでは、ポジティブ心理学の教育カリキュラム(ウェルビーイング教育カリキュラム)が小学校~高校で展開されています。
またエイカー博士の「ハピネス・アドバンテージ理論」でみたように、ポジティブであることが売上や仕事の成果に影響することから、米国トヨタ・ユニバーシティでの社員教育カリキュラムに、ポジティブ心理学が導入されています。
ポジティブ心理学は日常にも活かせる実践的な学問です。ここで読んだ知識をもとに、ポジティブ心理学を仕事や子育て、悩み解決などにも活用してみてはいかがでしょうか。
幸福に影響を与える時間の使い方と、幸せを感じやすい子どもを育てるヒントを下記のブログで詳しく書いています。
◆参考リソース:
・Positive Psychology Center – University of Pennsylvania (英語)
https://ppc.sas.upenn.edu/
・PERMA-Profiler Questionnaires Overview – peggykern.org (英語)
https://www.peggykern.org/questionnaires.html
・coalition for the homeless (英語)
https://www.coalitionforthehomeless.org/
・ショーン・エイカー『幸福優位7つの法則 仕事も人生も充実させるハーバード式最新成功理論』
https://www.amazon.co.jp/dp/B07M8L2MB1/
・ショーン・エイカー博士 The happy secret to better work – TED
https://www.ted.com/talks/shawn_achor_the_happy_secret_to_better_work/
・ミハイ・チクセントミハイ博士 Flow: The secret to happiness – TED
https://www.ted.com/talks/mihaly_csikszentmihalyi_flow_the_secret_to_happiness/