
ムーンショット目標とは?:大きな夢や目標をもつことの大切さ
「本当にやりたいことを口にしたら、そんなことできっこないと人から笑われた」
「大きな目標があるのに、途方もなくて挫折しそう」
自分や誰かの持つ夢や目標が、想像もつかないほど大きなとき「ばかばかしい夢物語だ」とか「非現実的な妄想」などと否定的に見てしまうことはありませんか。
しかし最近は、壮大な夢や目標こそが人々を奮い立たせ、現実の困難な問題を解決することができる方法だとする考えが広がりつつあります。
今回の記事では、ムーンショット目標と呼ばれる、壮大な目標を設定することの意義を事例を交えながら紹介します。
目次
1: ムーンショットの意味:月へ向かってロケットを打ち上げる
2: Google のムーンショット目標
2-1: 事例1)自動運転車:Waymo (ウェイモ)
2-2: 事例2)世界中の人々にインターネットを:プロジェクト・ルーン
2-3: 事例3)THE MOONSHOT FACTORY (ムーンショット工場)
3: なぜムーンショット目標が役立つのか
4: 優れたムーンショット目標の条件
4-1: Inspire:人を魅了し、奮い立たせる
4-2: Credible:信憑性
4-3: Imaginative:創意あふれる斬新さ
5: 複雑な課題を解決するために:広がるムーンショット目標設定 – 内閣府の例
6: 将来の夢や目標:あなたにとってのムーンショット目標は?
1:ムーンショットの意味:月へ向かってロケットを打ち上げる
もともと「ムーンショット」とは、「月へ向かってロケットを打ち上げる」ことを意味します。第35代アメリカ大統領のジョン・F・ケネディが行ったアポロ計画に関するスピーチに端を発した言葉です。
“We choose to go to the moon in this decade and do the other things, not because they are easy, but because they are hard.”
— U.S. President John F. Kennedy
“我々は、今後10年以内に月に行き、そしてさらなる取り組みを行うことを選択しました。それが容易だからではありません。それが困難だからです。”
— 合衆国大統領 ジョン・F・ケネディ
ケネディ大統領は「10年以内に人間を月に着陸させ、安全に地球に帰還させる」という文字通り前代未聞の計画を1961年に発表しました。3人の飛行士が事故で命を失うなど、プロジェクトは困難を極めましたが、1969年についにアポロ11号が人類初の有人での月面着陸に成功します。
それから半世紀以上経ったいま「とても困難だが実現すれば大きなインパクトのあるワクワクする壮大な目標や挑戦」を指す言葉として「ムーンショット」という言葉が使われはじめました。Google をはじめとするシリコンバレーの企業の間で使われ始め、最近はそれ以外の場でも少しずつ聞かれるようになっています。

2:Google のムーンショット目標
では実際 Google にはどのようなムーンショットがあるのでしょうか。

事例1)自動運転車:Waymo (ウェイモ)
Google の親会社である Alphabet 社の傘下では、様々な企業がそれぞれのムーンショットに取り組んでいます。(※1)
たとえば、2016年に Google から分社化した Waymo (ウェイモ) は、AI/人工知能の技術を活用して、運転手の要らない完全自動運転車の開発を目指しています。
同社は自動運転を実現することで、交通事故をなくし、また人々の移動に関わる時間的拘束を減らすことで、誰もが安全かつ簡単に行きたいところへ行ける社会を目指しています。

事例2)世界中の人々にインターネットを:プロジェクト・ルーン
インターネットを事業の柱とする Google / Alphabet は、人々がインターネットへより簡単にアクセスするための取り組みも行っています。
世界では2014年時点で、すでに17億人以上がスマートフォンを所持している一方、山岳地帯や砂漠など、そもそもインターネットの通信設備が整備されていない地域が地球上にはたくさんあります。まだ世界人口67億人のうち50億人が、家族やビデオチャットを楽しんだり、どこからでも仕事の資料を確認できるような環境を手にしていません。
これを解決すべく考え出されたのは、複数の気球を成層圏に飛ばし、衛生や地上の基地局などと連携し、空中でネットワークを構築するという方法です。
突拍子もないアイデアのようですが、地球上のすべての地表面に設備を設置するよりもはるかに安価で合理的な方法です。(※2)
当時用いられた “For the 5 billions (その50億に向けて)” というコピーフレーズも、単なる数字でありながらプロジェクトの規模と意義の大きさを想像させ、ムーンショットらしさを感じさせます。
事例3)THE MOONSHOT FACTORY (ムーンショット工場)
同じく Alphabet の傘下にあり、グループでもっとも基礎的な研究開発を担う X社のホームページには THE MOONSHOT FACTORY (ムーンショット工場) と書かれており、水中カメラとAIを使った海中の生態系を把握するプロジェクトや、自己学習するロボットの開発、光ビームを使ったワイヤレス高速通信の研究など、様々なプロジェクトが紹介されています。(※3)

3: なぜムーンショット目標が役立つのか
Google はなぜムーンショットを目標として多く取り入れているのでしょうか。「その方が楽しくてワクワクするから」? 間違いではなさそうですが、理由はそれだけではありません。
意図的に飛躍的な成長を促すために、ムーンショットは活用されています。
ムーンショットではない、たとえば最初から達成できそうだと思える目標を掲げていては、成長はいずれ止まってしまう、と Google は発想します。
似た言葉で「10X (テンエックス)」と呼ばれる考えがあります。これは物事を10倍良くするにはどうすればいいか、と考える思考法です。
たとえば、既存の検索機能を10%改善するという目標では、今の延長でしか物事を考えることはできません。しかし、10倍良くすることを目標に掲げた瞬間に、それまでと同じ発想では到底実現できない目標となり、半ば強制的に既存の枠組みから離れてまったく新しい発想をすることが求められます。
今までの延長のような考え方ばかりしていては成長に限りがある。他社に追い抜かれるかもしれない。それよりも、現状を飛躍的に変えるような、まだ誰も考えたことのないようなことを目指した方が大きな成長が見込めると考えるのです。

また、ムーンショットで野心的な目標を抱えることのメリットは他にもあります。
壮大な目標を掲げることで、優秀な人材を惹きつけ、常にそのモチベーションを維持し、能力を存分に発揮することができます。
目標の設定の仕方がどのようにモチベーションに影響を与えるかについては、心理学でも研究がなされており、有名なところではアメリカの心理学者 Edwin Locke (エドウィン・ロック)の「目標設定理論 (Goal-setting theory)」が挙げられます。この理論では、より明確で難易度の高い目標を設定されたときのほうが、曖昧で難易度の低い目標を設定されたときよりも、パフォーマンスが高くなることを確認しています。(※4)
アポロ計画でもケネディ大統領は「簡単だからやるのではなく、難しいからこそあえて挑戦するのだ」と述べていましたね。

4: 優れたムーンショット目標の条件
実現が困難で野心的な目標であれば、すべてムーンショットと呼べるのでしょうか。
ダートマス大学の経営学博士であるスコット・アンソニー(Scott Anthony)氏は、ハーバード・ビジネス・レビューの記事の中で、優れたムーンショットには3つの条件が必要だと述べています。(※5)
4-1: Inspire:人を魅了し、奮い立たせる
1つめの条件は「人を魅了し、奮い立たせるものであること(inspire)」です。
ケネディ大統領の言葉は、当時の世界中の人々をワクワクさせたに違いありません。ワクワクするような魅力的な夢や目標は、目指すこと自体が楽しみであり、なんとかしてモチベーションを高めよう・維持しようと考える必要がありません。

一方、企業でありがちな「売上をXX%のばす」といった目標は重要であったとしても、必ずしも従業員の気分を奮い立たせるものとはなりえないでしょう。
4-2: Credible:信憑性
2つめの条件は「信憑性があること」です。いくら目標がSF映画のように魅力的であっても、その実現可能性があまりに現実を無視したものだとしたら、単なる絵空事や非常識で終わってしまいます。
ケネディ大統領も、単なる素人の妄想ではなく演説の事前に基礎となる科学的根拠を詳細に調べていたと言われています。
4-3: Imaginative:創意あふれる斬新さ
3つめの条件は「創意にあふれ、斬新であること」です。
ムーンショットは、今日起きていることをただ延長したものではなく、過去からの意義ある断絶が欠かせない、とスコット・アンソニー氏は述べています。

5: 複雑な課題を解決するために:広がるムーンショット目標設定 – 内閣府の例
アポロ計画と Google の例を中心に紹介してきましたが、ムーンショットの考えは近年少しずつ広がりを見せています。
たとえば2016年には、オバマ大統領もムーンショットを掲げています。
当時、米国内で新たに癌と診断される人は年間160万人以上と推定されていました。この社会的に大きな課題に対処すべく、オバマ大統領は National Cancer Moonshot というイニシアティブで10億ドル(当時:約1200億円)を拠出することを発表しています。(※6)
日本でもムーンショット目標は採用されており、現在、内閣府はムーンショット型研究開発制度という制度を設けています。(※7)
Moonshot for human well-being (人々の幸福のためのムーンショット目標)をテーマに、人々の幸福のための以下の7つの野心的な目標を設定、1000億円の予算を計上し、最長10年間支援する基金を設立しました。
困難だが実現すれば大きなインパクトが期待される野心的な目標として、最先端研究をリードするトップ研究者等の指揮の下、公募などを行い、世界中から研究者の英知を結集して取り組むとされています。
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目標1.2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現
目標2.2050年までに、超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会を実現
目標3.2050年までに、AIとロボットの共進化により、自ら学習・行動し人と共生するロボットを実現
目標4.2050年までに、地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現
目標5.2050年までに、未利用の生物機能等のフル活用により、地球規模でムリ・ムダのない持続的な食料供給産業を創出
目標6.2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現
目標7.2040年までに、主要な疾患を予防・克服し100歳まで健康不安なく人生を楽しむためのサステイナブルな医療・介護システムを実現

将来の夢や目標:あなたにとってのムーンショット目標は?
最後に、ムーンショットの礎となる、人類で初めて動力飛行を実現させたライト兄弟の言葉をご紹介します。
“If we worked on the assumption that what is accepted as true really is true, then there would be little hope for advance.” — Orville Wright
“もし私たちが、真実だと受け入れられていることを本当に真実だとする仮定に基づいて取り組むとしたら、進歩の望みはほとんどないだろう” — オーヴィル・ライト
ご自身の将来の夢や目標を考えるとき、それはワクワクする野心的なものになっているでしょうか。一方で単なる空想や妄想に陥らないよう注意しながら、優れたムーンショットの条件を満たすような目標設定にすることで、今日の延長ではない意義ある断絶をもった変化を、あなた自身の人生にも起こすことができるかもしれません。
◆ 参考リソース:
(※1)Waymo社 (英語) : Alphabet傘下の自動運転車開発企業 https://waymo.com/
(※2)LOON.(英語):Alphabet傘下、気球を使って世界中に通信網を整備するプロジェクト https://loon.com/
(※3)X : The Moonshot Factory (英語): Alphabet傘下、Google次世代技術の開発を担う https://x.company/
(※4)Building a Practically Useful Theory of Goal Setting
and Task Motivation(英語):Edwin A. Locke ら目標設定理論に関して http://farmerhealth.org.au/wp-content/uploads/2016/12/Building-a-Practically-Useful-Theory-of-Goal-Setting-and-Task-Motivation-A-35-Year-Odyssey.pdf
(※5)DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー:ムーンショット――未来から逆算した斬新な目標 https://www.dhbr.net/articles/-/2260#:~:text=%E3%80%8C%E3%83%A0%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%83%E3%83%88%E3%80%8D%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%80%81,%E3%81%8C%E5%BE%85%E6%9C%9B%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%80%82
(※6)the WHITE HOUSE – PRESIDENT BARACK OBAMA (英語): Investing in the National Cancer Moonshot、オバマ大統領により立ち上げられた癌予防のためのプロジェクト https://obamawhitehouse.archives.gov/the-press-office/2016/02/01/fact-sheet-investing-national-cancer-moonshot
(※7)内閣府:ムーンショット型研究開発制度: https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/index.html