
Society5.0の時代を生き抜く力を養う「ジレンマ克服型商品」の開発

大池 淳一 (おおいけ じゅんいち) 岡山県立倉敷鷲羽高等学校 教諭
Next Education Award 最優秀賞 受賞~大池 淳一さん~
Next Education Award(NEA)とは「今後世界が迎える課題を解決する人は現場から生まれる」という信念のもと、そのような子供を育む教育をしている教育者にスポットライトをあてて表彰する制度です。 一般財団法人活育教育財団が主催し、2021年度からスタートいたしました。
2021年12月に応募を開始し、約2ヵ月という短い期間で数多くの方々にご応募をいただきました。1次の書類審査、1.5次の録画面接、2次のオンライン審査を経て、最終的に10名の方がファイナリストに選出されました。
2022年5月1日に行われたファイナル(最終審査)では、最優秀賞2名、特別賞3名の計5名の方が受賞する結果となりました。今回は、最優秀賞を受賞された岡山県立倉敷鷲羽高等学校の大池淳一先生にインタビューをいたします。
「NEA」についてはこちらをご参考ください。
Next Education Award から広がるチャンス
ー今回NEAに応募いただいたきっかけを教えてください。
大池:NEAを最初に知ったきっかけは、岡山県立倉敷鷲羽高等学校の校長から教員全員にNext Education Awardについての案内があったことです。
岡山県自体が生徒にコンテストや賞への応募を奨励していることもあり、今回は教育関係者向け、特に実践を積み重ねている方に向けたアワードということを知り、応募してみようと思いました!
学校の教員が応募できるアワードは全国的にまだ少ないと思うので、このようなアワードを通して学校内外に自分たちの実践が周知されるのはとても素晴らしいと感じています。
ー最優秀賞を獲得されてどのように感じていますか?
大池:正直、驚きました!まさか自分が賞を獲得するとは思っていなかったからです。それも「最優秀賞」をいただけるとは全く想定しておりませんでした。名前を呼ばれた時は嬉しいというよりも驚きの方が強かったですね。
ただ今回の受賞が、地域活性化に取り組んでいる児島地域の発展に繋がればと思っています。この受賞を通して岡山県立倉敷鷲羽高等学校の取り組みが評価されたということなので、今後生徒が連携する企業や他の学校、行政との連携など様々なチャンスが増えてくることが想定されます。

対立やジレンマを克服する力を育成する
ー大池さんが取り組まれている教育実践の内容を教えてください。
大池:私が開発したのは、「ジレンマ克服型商品開発実習」です。児島地域で実施していることから「こじまっちんぐ」と名づけました。児島地域の素材と素材をマッチングし、新たなる価値を生み出し、児島地域の良さを見直してもらいたいという想いを込めています。
岡山県立倉敷鷲羽高等学校にはビジネス科があるのですが、学校と企業が連携して商品開発を行うということは今までも広く行われています。ただ、学校と企業という二者間での連携が圧倒的に多かったのです。
そこで私は学校が連携する先を1社ではなく、2社以上にすることによって高校生たちに板挟みというジレンマを意図的に経験してもらおうと考えました。2社以上になると、各段にジレンマが起きやすくなるのです。
なぜ私が「ジレンマ」にそこまでこだわるかというと、「OECD Future of Education and Skills 2030」の中で、「Reconciling tensions & dilemmas(対立やジレンマを克服する力)」が今後の社会を生き抜く上で大切だと言われているからです。
今後の社会は今まで以上に先行きが不透明で複雑性が増していくと言われています。また多様な価値観が広がっていく中でますます対立を克服し、調和を生み出していくことが求められます。
そのような力を高校の授業の中で生徒に身に着けてもらいたかったというのが、商品開発のきっかけでした。
VUCAについて詳しく知りたい方はこちらの記事をお読みください。

ーこじまっちんぐを通して生徒にはどのような変化が見られましたか?
大池:自分たちの行動や取り組みに「自信」がもてるようになったと感じています。なかなか自分に自信がもてない生徒や、自分の考えを上手く言葉で表現できない生徒もいましたが、複数の関係者と利害調整を進めながら、商品開発までたどり着くことができたという経験は、大きな自信に繋がっていると感じます。
自由記述による質問紙調査では、「両方の意見をきちんと汲み取って互いの意思を尊重しながら実施するのが難しかった。けれどとても嬉しかった。」という回答がありました。
利害調整をするにあたって生徒たちは、双方の意見をしっかりと聞いた上で、何が「事実」で、何が「解釈」なのかを明確に切り分けて話し合いを進めていきました。
例えば商品開発をする上で加工業者が感じる「農産物の卸価格が高い!」というのは「事実」なのか、「解釈」なのか。生徒たちは全国各地のその農産物の卸価格を調べ、その地域だけが決して高いというわけではない事実を突き止めました。
その事実を元にどのように商品開発を進めていくのか、生徒たちは逃げずに最後までやりきり、大きな自信を得たようでした。
実際、このこじまっちんぐを経験した生徒は、将来のことについて考えるようになったり、多くの生徒が「経済系国公立大学に進学をしてもっと深く学びたい」と希望するようになったりしました。
他には、堂々と話せるようになり、よくしゃべるようになったのも印象的です。自分の考えや想いを伝えられるようになったのは大きな変化でしたね。

子どもたちが授業や活動の中で地域課題の解決について取り組む他の事例についても、下記リンク先から読めます。

多様な価値観を持つ社会で生き抜くスキル
ー大池先生ご自身の今後のビジョンについて教えてください。
大池:私は今後、教育実践によりエビデンスを付随させていきたいと思っています。今までの私は現場で実践する中で、「なんとなくこれを実践すると、こういう力やスキル、マインドセットが身につく気がする。」と思いながら実施してきました。
しかし、本当にそれは正しいことなのか?しっかりとしたエビデンスがあるのか?と疑問を感じるようになり、大学院への入学を決意いたしました。
大学院では「多様な価値観が存在する社会を生き抜く、地域人材の育成に関する研究」を行っています。
具体的には、高校の中で実施している「こじまっちんぐ」という「ジレンマ克服型商品開発実習」を通してどのようなスキル、マインドセットが身につくのかをしっかりとデータをとり、分析・研究していきます。
2022年4月に「コミュニケーションスキル評価尺度」を使い質問紙調査をおこなっています。再度7月以降にも測定し、どのような変化が見られるのか、分析をする予定です。
これを新知見として成立させ、学術論文を書くことで新時代を生き抜くスキル、マインドセットを身に着けるためにどのような実践が有効なのかを広めていきたいと思っています。
ー最後に一言お願いいたします。
大池:私が元々商業高校の教員になった理由は、商業の学びを通じて「地域を活性化させたい、元気にしたい!」という想いがあったからです。
そのためには地域に誇りを持って生きる子供たちの存在が必要です。私はこじまっちんぐを通して子供たちに自信をもってもらい、かつその取り組みが地域活性化に繋がればいいと思っています。
今後もこの受賞を励みに頑張っていきたいと思います。ありがとうございました。

自信をつける「科学的なプロセス」があることを知っていますか?自信をつける方法についてリンク先から詳しく読めます。

編集後記
大池先生からは地域のこと、生徒のことを想う熱い気持ちがファイナルピッチでも、今回のインタビューからも感じました。
生徒自身が「自分にもやればできるんだ!」という感覚を高校の授業の中で身に着けるのは非常に難易度が高い取り組みだったと思います。
その実践に正面から取り組み、時として暖かく見守る大池先生の存在は、生徒たちにとって非常に心強かったのではないかと思います。今後の大池先生のご活躍を心から応援しております。
大池先生、インタビューにご協力いただきありがとうございました!