フロー理論とは?:自分のベストパフォーマンス発揮のためのヒント
スポーツの場面で「ゾーンに入った」という言葉を聞いた事がありますか?
または、プロスポーツ選手がまるで神がかったかのようにシュートが入ったり、ミスをせずに質の高いプレーをしている様子を見たことはないでしょうか?
通常時ではあり得ないくらい高いレベルのパフォーマンスが出来る状態を、スポーツの世界では「ゾーン」と呼びます。
「ゾーン」のような体験は学術的にも研究がされており、学術的には「フロー」と呼ばれ「最適な経験(optimal experiences)」として説明されます。
「フロー」のような体験はスポーツ特有の物ではなく、音楽、芸術、趣味、勉強、更には日常生活でも体験できる可能性を秘めています。
今回は、「フロー」がどのようなものかを学術的な視点からご紹介し、日常生活で「フロー」の知見を応用するアイディアへと内容を発展させていきます。
スポーツ心理学にご関心がある方は下記の記事をご覧ください。
もくじ
1: フロー理論とは?
2: フローの研究
3: 「フロー」に入りやすくするための習慣・行動とは?
4: 保護者ができる、子どもが「フロー」になりやすくするためのヒント
5: まとめ
1. フロー理論とは?
「フロー」は、「個人が完全に今行っている事に夢中になり、自己意識がない中でも自分をコントロールできている感覚がある状態」と定義されています。
例えば、次のような経験はありませんか?
・好きな本を読むのに夢中になっていて気がついたら時間がものすごく過ぎていた
・何時間も遊んでいたが疲れを感じなかった
・スポーツをしていて自分の体が思い通りに動かせてミスも全然しない感覚があった
このように、いつもとは違う非日常的な感覚であったり、自分にとって文字通り最高のパフォーマンスや演技が出来たなど、自分にとって「最適な経験」が出来た状態を「フロー」と呼びます。
スポーツの世界では神がかったプレーをした選手を「ゾーンに入っている」と表現が使われるようになってから、スポーツ界では、「フロー」のような状態を「ゾーン」と呼ぶことが多いようです。
スポーツ庁長官の室伏広治氏の著書『ゾーンの入り方』でも、極限まで集中することで気づきと自分のパフォーマンスが調和した状態を「ゾーン」と説明しています。
しかし、スポーツ心理学の研究では「フロー」として扱っていますので、「フロー」と「ゾーン」は実質的に同じ物として捉えてもらって差し支えないでしょう。
2: フローの研究
「フロー」の研究は、アメリカの心理学者ミハイ・チクセントミハイ博士によって体系化されました。元々は「幸福感」や「楽しさ」といった感情について研究を進めており、この研究を発展させた過程で「フロー」の研究が始まりました。
1970年代、チクセントミハイ博士は、お金や権力名誉などが動機となって行動している人がいる一方で、ロッククライミングのような危険な状況に身を置いたり、全てを芸術活動に注いだりする人がいる事に注目しました。この時、物事に取り組む原動力に「楽しさ」があると考えたチクセントミハイ博士は、楽しさを追求している人たちの事を知る研究を始めました。これが「フロー」研究の出発点・始まりだとされています。
チクセントミハイ博士は、スポーツ選手、探検家、チェスプレーヤーなど、あらゆるジャンルの人物にインタビューや調査を実施して、その人たちのスポーツや活動で「楽しさ」を感じた時には、どんな特徴があったのかを分析しました。
その結果、楽しいと感じた時には次のような特徴があることが分かりました。
1. 行動と意識の統合
2. 集中した状態
3. 自己意識の消失
4. 自分自身をコントロールできている感覚
5. やるべき事が自分の中で明確な状態
6. 自己目的、目的が自分の中にある状態
7. 時間感覚のゆがみ
特に、1.の「行動と意識の統合」が「フロー」を示す一番分かりやすいサインであり、夢中や深く集中した状態が「フロー」において中心的な経験だと位置づけています。
そして、このような「フロー」の特徴をもとにフロー状態について尋ねる質問紙が作られ、回答した本人が「フロー」だったかどうかをチェックする方法も研究されてきました。
定期的に質問紙や他者からのインタビューを通して、その時々で自分が「フロー」だったかどうかをチェックしつつ、その時に行っていたことや状況も併せて確認します。この積み重ねによって、「フロー」になった時の状況や行動の特徴が見えてきます。
このような、「フロー」を体験した人の経験を集約と分析によって「フロー」は研究されてきました。
3: 「フロー」に入りやすくするための習慣・行動とは?
このブログを読んでいる方の中には、偶然「フロー」を体験したことがある人もいれば、まだフローを体験したことがない人もいるでしょう。
また、「フロー」はトップアスリートやスキルの高い人しか体験できないと思われている側面もあるように感じます。
しかし、確実に「フロー」を体験するのは難しいものの、誰でも「フロー」を体験する可能性を高めることは可能です。
そこで参考にしたいのが、これまで行われてきた「フロー」の研究成果です。
楽しさ
まず、楽しさを感じた時に「フロー」になっていた事が分かっていることから、楽しさを感じることが重要になってきます。
その楽しさが意味するのは、
・誰かに言われてやっているのではなく、自分の意志で自分から取り組んでいる
・時間を忘れてのめり込んでいる
・興味や好奇心に突き動かされている
・上手くなることや新しいことを知る
といった時に感じられる楽しさ(愉しさ)です。
学問的には、上記のような自分の内なる感情や気持ちで自分にやる気を与えるような「報酬」を、内発的動機と呼びます。
内発的動機について、下記のブログでも詳しく読めます:
「フロー」になりやすくするには、内発的な動機によって物事に取り組むことが重要になってきます。
適度な難しさ、難易度
チクセントミハイ博士は、研究を通して下記のようなフローを説明したモデルを提唱しています(図1)。
このモデルでは、自分自身のスキルに対する認知(スキルが高いか、低いか)と、取り組んでいる物事の難易度(簡単か、難しいか)によって、どのように感じるかを示しています。
もし、物事が簡単すぎて、自分のスキルも高くないと認識している場合は、無関心になってしまいます。また、自分のスキルが高くないのにやっていることが難しすぎると不安になり、自分のスキルは高くてもやっている事が簡単すぎるとリラックスしてしまいます。
「フロー」になりやすい条件として、自分のスキルが高いと感じる中で、難易度の高めの物事に取り組んでいる時があげられます。言い換えると、ハードルが高い事に対して自分のスキルに自信を持った状態で挑めていると、「フロー」になりやすいのです。
取り組んでいる事のゴールが明確
勉強やスポーツに集中した状態で取り組むには、今やっている勉強やスポーツの目標を明確にすることが効果的です。
目標を立てる際によくあるのが、「英単語を20個覚える」「100回リフティングをする」といった「特定の結果」を目指すような目標設定です。
このような目標は達成したい具体的な数値や内容が明確なので、やることを明確にする目標として活用することが出来ます。
しかし、このままではどうやってリフティング100回を達成するかや、20個の英単語を覚えるかが曖昧なままです。
そこで、どのようにこれらの目標を達成するかを明確にする「プロセス目標」も併せて立てるのが有効です。
例えば、「リフティング100回達成するために、足の甲でボールの芯を捉えるようにする」や「20個の単語を覚えるために、まず単語帳で暗記してその後確認テストで定着度を測って覚えたかどうかを確認する」といった具合です。
ここまで目標を達成するために取り組む具体的な内容まで掘り下げられると、目標達成に必要な事が明確になりその結果集中しやすくなります。
更には、具体的な結果を達成したい目標によってやる気を高める方法は「外発的な動機づけ」であり、「フロー」に入りやすくするための「楽しさ(愉しさ)」を感じる妨げとなってしまう可能性もあります。
特に、目標を達成出来たかどうかを意識しすぎてしまうと、結果が気になってしまい目の前の事に集中するのが難しくなってしまいます。
そのため、結果に一喜一憂する状況を回避するために、結果に結びつくために必要な事に没頭して「プロセス」に集中することが大切です。そして、没頭して取り組んだことで結果がついてきた、といった取り組み方が「フロー」を体験するには有効です。
足の甲でボールを捉えるようにリフティングをする事に集中して取り組み、気づいたら100回出来ていた、といった具合です。
4: 保護者ができる、子どもが「フロー」になりやすくするためのヒント
上記の「フロー」のために有効な行動や習慣を活用すれば、大人はもちろんのこと子どもも「フロー」を体験することが可能です。
そこで、保護者の立場から子どもが「フロー」になりやすくするために出来る支援方法をご紹介します。
子どもがやりたい事を一緒に探す
もし、子どもがやりたい事を見つけられずに悩んでいる時は、保護者が一緒になってやりたい事を探す手伝いをしてあげるといいでしょう。
例えば、「いつも本を小説を読んでいる時は夢中になってるよね」「社会の勉強はいつも楽しそうにしているね」といった具合に、保護者から見て子どもが楽しそうにしている事を伝えてみるのも1つの方法です。
他にも、子どもが自分で自分の好きなことが見つけられるように「何をしている時が一番楽しい?」「将来やってみたい事って何?」と話し相手をしながら子どもの好きなことを一緒に探してみるのも保護者がしてあげられる事の1つです。
ポイントは、子どもが好きな事を自分で自覚して自分で見つける事です。保護者から何か提案する時も「最後は自分で決めていいんだよ」と子どもの自己決定を促して、その決定を尊重するようにしてみましょう。
ちょっと難しそうな事を提案する
保護者が何か取り組む事を提案する時に、ちょっと難しそうな難易度の内容を提案するのも、「フロー」になりやすくする支援の1つです。
例えば、子どもがやっていた漢字練習や計算練習が簡単そうだった時に、少し難易度の高い内容の漢字練習や計算練習を紹介する事が挙げられます。
少しずつ難易度を上げていき、ちょっと頑張らないと出来ない難易度の内容を見定めてあげましょう。逆に難易度を上げすぎてしまうとやる気を失ってしまいますので、少しつまずくような問題が出てきたくらいで止めておくのが大事です。
そして、問題につまずいた時はどうすれば問題が出来るようになりそうかを子どもに尋ねながら子どもが自分の力で解決できるようなサポートを心がけてみましょう。
少し難しい問題や難易度にチャレンジし続けられるようにサポートしていくことが重要です。
チャレンジにもどんどんと向かっていく成長する姿勢について気になる方はこちらをご覧ください。
何かに取り組んでいる時は見守っていてあげる
子どもが夢中になってスポーツや勉強や趣味などに取り組めている時は、見守ってあげることも大事な支援になります。
時間や周りの声が気にならないくらいのめり込めている時は、「フロー」になっている可能性がありますので、そのまま没頭させてあげるのが効果的です。
声をかけてあげるのは終わった後にして、その時に「どうだった?」と子どもの話を聞いてあげましょう。
没頭したり夢中になったりした事を体験して、その時にどんな事をしたかを確認することで、保護者も子ども自身も没頭や夢中に必要な事が確認できます。
5: まとめ
今回は「フロー」がどのような物か、「フロー」になるために出来ることについてご紹介しました。
「フロー」は主観的な経験のため捉えにくい物ではありますが、多くの人の「フロー」体験をもとに特徴を分析した研究成果を利用することで、「フロー」になりやすくする事は可能です。
ポイントとなるのは、簡単すぎず難しすぎない難易度の物事を主体的にやる中で、取り組みそのものに没頭する事です。
子どもが「フロー」を体験できるために保護者が出来る事としては、好きなことややりたい事を見つける相談相手になること、適度な難易度の内容を提案すること、没頭している時はそのまま見守ってあげることが挙げられます。
繰り返しになりますが、今回の内容は「フロー」になる可能性を高める物であり、必ず「フロー」になれるための取り組みではありません。
今回紹介した内容を実践して、もし「フロー」を体験できなかった時は、取り組んだ内容を一度振り返ってみて下さい。
そうする事で、実は難易度が高すぎた、実は結果が気になっていた、など上手くいかなかった要因が見つかると思います。この要因を解消する対策を考えて、次回はうまく出来るように取り組んでみましょう。この試行錯誤の繰り返しを経て、徐々に「フロー」を体験しやすくなります
今回の内容を実際に活用しながら、あなた自身の「フロー」に入るコツを掴める事を願って止みません。
参考文献
Csikszentmihalyi, M., & Nakamura, J. (2018). Flow, altered states of consciousness, and human evolution. Journal of Consciousness Studies, 25(11-12), 102-114.
Csikszentmihalyi, M., & Larson, R. (2014). Flow and the foundations of positive psychology (Vol. 10, pp. 978-94). Dordrecht: Springer.
室伏広治. (2017). ゾーンの入り方. 集英社.
早川 琢也
2007年東海大学理学部情報数理学科卒、2009年東海大学体育学研究科体育学専攻修了。東海大学大学院では実力発揮と競技力向上の為の応用スポーツ心理学を学ぶ。 2014年8月よりテネシー大学運動学専攻スポーツ心理学・運動学習プログラムに在籍。スポーツ心理学に加え、運動学習、質的研究法、カウンセリング心理学、怪我に対するスポーツ心理学など幅広い分野について学ぶ傍ら、同プログラムに所属する教員・学生達のメンタルトレーニングを選手・指導者へ指導する様子を見学し議論に参加する。 2016年8月より同大学教育心理学・カウンセリング学科の学習環境・教育学習プログラムにて博士課程を開始。スポーツスキルを効率良く上達させる練習方法、選手の自主性を育む練習・指導環境のデザインについて研究。2020年11月に博士号(Ph.D.)を取得。現在は、慶應義塾大学兼任研究員として選手の主体性を育める練習環境をテーマに研究を進める一方、NPO法人Compassionのメンバーとしてスポーツ心理学、運動学習、教育心理学などの学術的な理論や研究内容を応用して、子どもが未来に対して希望を持てる心のサポート活動も積極的に行なっている。