子育てでイライラしてしまった時にできる事〜マインドフルネスの研究からヒントを探る〜

イライラしたり怒りたいとは思っていないのに、つい子どもにキツく当たってしまう。

子どもが言うことを聞いてくれなくて次第にイライラしてしまった。

このように、その気がなくても子どもに対してイライラしてしまう経験は、子育てをされている保護者の方であれば一度はあるのではないでしょうか。

その気はないのについ怒ってしまったりイライラしてしまうのは、やり切れないものです。

子育てをしている時に感じるイライラに対して、あの手この手を使ってもなかなか上手くいかずに困ってしまっているとしたら、今回のブログの内容をヒントにしてみて下さい。

子育て以外の場面でイライラを感じた時にも有効ですので、別の理由でイライラした感情を対処したいと感じた方にも役立つ内容になっていますので、ぜひご一読下さい。

もくじ
1:子育てをしていてイライラしてしまう原因とは?
2:「柔軟でない考え方」が心の不健康につながってしまう理由とは?
3:ACTが柔軟でない考え方を解消するのに効果的な理由
4:子育てをしていてイライラしてしまった時にできるACTを応用した対処法とは?
5:まとめ

1.子育てをしていてイライラしてしまう原因とは?

子育てをしていてイライラを感じやすい場面として、次のような状況が挙げられると思います。

・日常で色んなことに追われている

・物理的に休みが足りない

・物事が思い通りにいかない

特に子どもが小さい頃は目が離せませんし、身の回りのことも色々してあげる必要があります。

そのため、必然的に子どものために手を動かすことが多くなり心身を休める機会が限られたり短くなってしまいがちです。

このように、物理的に休みが少なくなるとどうしてもイライラしてしまいがちです。

これは体のストレス反応としてストレスホルモンとも呼ばれるコルチゾールが分泌されてしまい、生理的にイライラさせられてしまっている状態とも言えます。

それに輪をかけて、子どもが言うことを聞いてくれなかったり、やって欲しくない事をやってしまったりすると、さらにストレスを感じてしまうといった負のサイクルに陥り、余計にイライラしてしまうのです。

休息が足りていない状態以外にも、このような「思った通りにことが運ばない」といった考え方は、実はストレスを生みやすいと考えられています。

メンタルヘルス(心の健康)に対する「治療・対処方法」は、合理的でない考え方や行動を、合理的でストレスのかかりにくい行動や考え方へと変えていくのが原則です

「メンタルヘルス」について、アスリートやプレッシャーにさらされている人が理解しておくと良い考え方や、個人・周りができることなどについて下記リンク先から詳しく読めます 。

メンタルヘルスとは?~アスリートの競技環境やメンタルヘルスの課題から学ぶ
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2.「柔軟でない考え方」が心の不健康につながってしまう理由とは?

合理的ではない(柔軟でない)考え方による心の不健康に対して、アメリカのネバダ大学の心理学者であるSteven C. Hayesと共同研究者たちは、Acceptance and Commitment Therapy(アクセプタンス&コミットメント・セラピー、以下ACT)と呼ばれる心理療法によって解決しようと試みました。

まず前提として、一般的に心的疾患や心の不調(イライラなどのネガティブな感情の影響も含む)は、合理的に物事を考えられなくなった時に現れるとされています。この合理的に考えられない、柔軟に物事を捉えることが出来ない状態によって、自分が取りたい行動が取れなくなってしまい心理面の不調を引き起こすと考えられています。

このような柔軟でない考え方が作られるプロセスについて、Hayesらは、
①後天的に身につけられる
②学習などによってアップデートできる
③自分が置かれた場面から影響を受ける
といった私たちの言葉と認識が持つ特徴が影響していると考えました。

この3つの特徴を理解するために、次のようなシナリオを思い浮かべてみて下さい。

ある小さな日本人の子どもが、五円硬貨と五十円硬貨の大きさを比べて、大きい五円硬貨の方が価値があると思い込んでいるとします(①の特徴)。しかし、日本社会においては、実は五十円硬貨の方が価値があることを保護者から学び、情報がアップデートされました(②の特徴)。さらに、日本の硬貨は日本国内でのみ価値があり、海外では日本の硬貨で買い物が出来る場所は基本的に無い事も後に学びました(③の特徴)。

このシナリオと同じように、心の不健康につながる柔軟でない考え方も作られてしまっていると考え、物事を柔軟に(合理的に)捉えられる考え方と行動を身につける事を狙いとしているのがACTなのです。

3.ACTが柔軟でない考え方を解消するのに効果的な理由

ACTが柔軟でない考え方に対して有効である理由として、2つの理由が挙げられます。ひとつは「適切でない物事に向いた集中を自分に向けられる事」、もうひとつは「自分自身の行動を通して心の状態を変化させられる事」です。

Hayesらは、心的疾患が起きるリスクのある柔軟でない考え方と行動の特徴として、次の6つを指摘しています。

(1)概念化された過去や未来に囚われた状態(自分の事をよく知らない状態)
(2)経験的に物事を避けがちな考え方(大変な事や苦手な事を避ける傾向がある)
(3)認知的フュージョン(現実と思考内容が混同している状態)
(4)概念化された自分への固執(「自分ってこうなんだ」と決めつけている)
(5)行動を起こさない、突発的に行動する、頑なに逃避する(気分によって行動している)
(6)行動に対する価値観が不明瞭(思い込みが強すぎる、または振り返りを避けて価値観と向き合えていない)

この6つの特徴に対して有効な考え方や行動をまとめたものが、ACTに含まれる6つの特徴です。それぞれ、上記の(1)から(6)に対応しています。

(1)現在に意識を置く(過去や未来ではなく、今この瞬間に注意を向ける)
(2)物事をあるがままに受け入れる(物事を良し悪しで判断するのではなく、事実や出来事として捉える)
(3)デフュージョン(自分のあるがままの考え方や行動に気づいて、自分に役立たない考え方や物事の捉え方を減らしていく)
(4)変化していく自分(自分を客観視して、あらゆる自分の変化を受け入れていく)
(5)行動に対するコミットメント(価値観やモチベーションに従って行動を起こしていく)
(6)価値観(自分の行動指針やモチベーションとなる価値観を持つ)

ACTは、この6つの特徴を踏まえて、ストレスやイライラを軽減させる考え方を身につけていく取り組みです。

マインドフルネス瞑想とは?具体的なやり方・方法と企業も注目するストレス等への効果
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4.子育てをしていてイライラしてしまった時にできるACTを応用した対処法とは?

ここからは、子育て中にイライラを感じた時にACTを活用する方法について考えていきます。今回は、先にご紹介した6つのACTの特徴の中から一部を取り上げて、子育て時にイライラしてしまった場面に当てはめながら、実際にできることを考えていきます。

(1)子どもや自分が過去にやった事に目を向けるのではなく、今子どもにしてあげられる事を考えてみる

イライラを引き起こす原因として、過去の思い通りにいかなかった出来事に対して注意を向けることが挙げられます。

例えば、子どもが物をひっくり返してしまった時に「あの時注意したのに!」と子どもの失敗の事を考えればイライラしてしまいますし、「気をつけていれば、子どもの熱に気づいてあげられたのに!」と自分の至らなさを気にしたら、そんな自分に腹が立ってしまうことはあるでしょう。

このように、過去の出来事を気にするのではなく、今子どもにしてあげられることに目を向けるようにすることで、ACTの「現在に意識を置く」を実践しやすくなります。こうすることで、過去の出来事によって引き起こされるイライラを遠ざけることができます。

(2)イライラした自分を見つけたらひと呼吸置く習慣を作る

イライラした状態を解消する第一歩は、イライラしてしまっている自分に気づくことからです。

ですが、いきなりイライラした瞬間に自分の気持ちに気づくのは難しいものです。

そこで、まずは1日の終わりに気持ちの落ち着いた状態でその日の自分の行動を少し振り返る時間を作ってみましょう。イライラした自分を見つけた時はがっかりしてしまうと思いますが、自分がどんな時にイライラしてしまうかを見つけてそれを直せば、よい子育てや自分自身の成長に繋げることができます。

振り返りの習慣ができてくると、時間をおいて振り返らなくてもイライラしている時に自分の気持ちに気づけるようになります。

その時に、ひと呼吸おいて自分の気持ちを落ち着かせることでイライラした気持ちのまま子どもに厳しくしてしまったり怒ってしまう事を防ぐことができます。

他にも、1、2分時間を作って瞑想をしたり、ゆったり深呼吸をする時間を作るだけでも、イライラした状態を落ち着かせることもできます。こちらの取り組みも、続けていくことでイライラした自分にすぐ気づいて気持ちを落ち着かせられるようになります。

子どもと一緒にできる振り返りについて、下記リンク先のブログから詳しく読めます 。

子どもと一緒にできる「振り返り」:家庭での進め方と学校での活用例
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(3)イライラしている自分も受け入れる

イライラした状態になることは人として本来持つ自然な感情であり、イライラしてしまうこと自体は決して悪いことではありません。

反対に、イライラした状態を無理矢理押さえ込もうとしてしまうと、かえってストレスになってしまいます。

そこで、ACTの要素の1つである「良し悪しの判断をせず、ありのままの自分を受け入れる」を実践してみるのもいいでしょう。

イライラした自分を見つけた時に、「またイライラしてしまっている。ダメだなぁ」とイライラしている自分を悪く捉えるのではなく、客観的な事実を捉えるように「あ、イライラしている自分がいる」と一旦受け入れてみましょう。

ストレスは、目の前の出来事に対する自分の期待と実際に起きた出来事の間にギャップがある時に感じるとされています。そのため、良し悪しを判断せずに受け入れるのは、ストレスのかかりにくい考え方とも言えます。

もし、子どもが自分の思っていた事と違う事をした時でも、一旦受け入れてみる事で「どうしてそういう事をしたの?」「何かあったの?」と落ち着いた対応がしやすくなります。

ただし、子どもに身の危険がある時には怒ることや厳しく咎める事は必要ですから、子どものやることなす事全てを受け入れるのがいい事とは言いません。

大事なのは、自分のイライラを子どもにぶつけてしまうような場面を極力減らす事であり、必要な時には厳しく怒ったり咎める事は大事である事は付け加えておきます。

ストレスを感じるときに思い出したい「コンパッション=自分自身や他者を思いやり寄り添う力」について、下記リンク先から実践や鍛え方についてまでを読むことができます 。

セルフコンパッションとは:成長を支えるための自分を思いやる力
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(4)自分の子育てにおいて重要な事(価値観)を明確にして、価値観に沿った行動を取る

親であれば、我が子にはこんな風に育って欲しいという願望があるでしょう。

言い換えると、この子どもへの願望は自分の子育てにおける行動指針となる「価値観」とも言えます。

・とにかく明るく元気に育って欲しい
・友達を大事にして欲しい
・好奇心を大事にして欲しい

など、この価値観は保護者によって様々でしょう。

この価値観と普段の行動を結びつけることによって、保護者自身の子育てにおける行動の不一致を減らすことができます。これによって、「あの時こうやっておけばよかった」と思う事を減らすことにつながります。

子育てに価値観が定まっていれば、今とるべき行動も自然と選ぶことができます。

例えば、友達を大事にして欲しいと思って子育てしているとしたら、もし友達を傷つけるような言動をしてしまった時には、少し厳しめに子どもに問いかけて友達を大切にする事を考えてもらう、という選択を取ることもできます。

しかし、この価値観が曖昧な場合は、「怒ると子どもが萎縮してしまうかも」「次に似たような場面の時に話そう」など取る行動も曖昧になってしまいます。

この子育てにおける価値観の見直しは一見些細なことにも見えますが、その後の自分の子育てにおける行動基準にもなる大事な考え方です。そして、価値観に沿った行動を取ることで自分の取った行動に対する後悔や曖昧な気持ちを減らすことにも繋がり、結果的には子どもに対しても適切な行動を取ることも可能となります。

自分の価値観について振り返り、自分の可能性を最大限にする自己管理の方法として「セルフマネジメント」があります。

セルフマネジメントとは?自分の可能性を最大限にするトレーニング
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ー目次ー① セルフマネジメントとは?② セルフマネジメントの重要性③ 経営学のドラッカーも注目していたセルフマネジメント④ セルフマネジメントを高める方法⑤ セ.....

5.まとめ

今回は子育てでイライラしてしまった時の対処法としてAcceptance and Commitment Therapy(ACT)と呼ばれる、マインドフルネスをベースにした考え方と行動についてご紹介しました。

イライラした感情を含めた心の不健康を引き起こしてしまう「柔軟でない考え方」を解消するには、マインドフルネスのコンセプトを活用したACTの特徴を利用する方法が効果的です。

重要なポイントは、自分の感情に気づいて一旦受け入れてみること、過去や未来に向いている注意を現在に向けて今できることに注意を向けること、子育てにおける価値観を見直して価値観に沿った行動を心がけること、が挙げられます。

置かれている家庭環境や子どもの年齢は様々ですので、特定の取り組みというよりも行動の目安やアイディアの紹介が中心となりました。

今回のブログの内容をヒントに実際にできそうな事から始めてみて下さい。実際に試してみることでまた新しい気づきが得られ、自分自身のイライラに対しても対処できるようになってくると思います。

参考文献

Bunea, I. M., Szentágotai-Tătar, A., & Miu, A. C. (2017). Early-life adversity and cortisol response to social stress: a meta-analysis. Translational psychiatry, 7(12), 1-8.

Hayes, S. C., Luoma, J. B., Bond, F. W., Masuda, A., & Lillis, J. (2006). Acceptance and commitment therapy: Model, processes and outcomes. Behaviour research and therapy, 44(1), 1-25.

Wersebe, H., Lieb, R., Meyer, A. H., Hofer, P., & Gloster, A. T. (2018). The link between stress, well-being, and psychological flexibility during an Acceptance and Commitment Therapy self-help intervention. International Journal of Clinical and Health Psychology, 18(1), 60-68.

早川 琢也

2007年東海大学理学部情報数理学科卒、2009年東海大学体育学研究科体育学専攻修了。東海大学大学院では実力発揮と競技力向上の為の応用スポーツ心理学を学ぶ。 2014年8月よりテネシー大学運動学専攻スポーツ心理学・運動学習プログラムに在籍。スポーツ心理学に加え、運動学習、質的研究法、カウンセリング心理学、怪我に対するスポーツ心理学など幅広い分野について学ぶ傍ら、同プログラムに所属する教員・学生達のメンタルトレーニングを選手・指導者へ指導する様子を見学し議論に参加する。 2016年8月より同大学教育心理学・カウンセリング学科の学習環境・教育学習プログラムにて博士課程を開始。スポーツスキルを効率良く上達させる練習方法、選手の自主性を育む練習・指導環境のデザインについて研究。2020年11月に博士号(Ph.D.)を取得。現在は、慶應義塾大学兼任研究員として選手の主体性を育める練習環境をテーマに研究を進める一方、NPO法人Compassionのメンバーとしてスポーツ心理学、運動学習、教育心理学などの学術的な理論や研究内容を応用して、子どもが未来に対して希望を持てる心のサポート活動も積極的に行なっている。